でも、それには理由があります。
それは、特に際立ったトピックが身の回りで起こってないから、
書きようがないから、書けないのです。
変化のない毎日っていうのは今が「安定」しているということ
なのでしょうが、男にとって、これほど苦痛なことはないでしょう。
今が楽しいから、このまま継続してほしいと思う気持ちは、
毎日が充実しているということであり、毎日の微妙な変化を
楽しみながら過ごしているのだと推定することが出来ます。
だから、毎日が無駄だと思わないのです。
しかし、私の今すごしている生活は、自分の糧になることは
一切なく、ただ「こなす」だけの愚弄な毎日です。
21世紀に生きる20代の若者が思っている現状のような
ものでしょうか。
現代の若者は、お金を稼ぐというよりも、その各々が
「自己実現」をしたいと思っていることにウェイトを置いて
いるといいます。社会人になるまでに自分はこうありたい、
こんな事をやりたい…そう思って学生から社会へ巣立って
いくのですが、実際は官僚主義が支配する社会と化していて、
己の個を抑圧しないと周りに同調できないような自分に
気づいてしまい、自分自身に嫌気が差し、社会から
ドロップアウトしてしまうのです。
戦後復興期の若者は学校卒業後すぐに社会へ巣立って
いったため、お金を稼ぐごとが大人になることでした。
しかし、近年、モラトリアム期が長くなり、
豊かさを享受することが当たり前の時代となった昨今、
個の充実が富の充実よりも上回ることとなり、
自己選択が出来るようになりました。
しかし、自己選択が自由にできるようになったということは、
逆に何も選べなくなったという、アンチテーゼなのであり、
これが、現在の社会全般に蔓延する閉塞感に
つながっていると考えられるのです。
例えば、結婚に関していえばちょっと前なら
親から押付けられた見合い結婚に文句を言うことが
できましたが、好きで駆け落ちしたのに、
それがうまくいかなくなったら、逆に親に合わす顔が
ない。それが、自由を制限する閉塞感なのです。
自己実現は決して自由を無制限に開放するものではなく、
制限を受けた中で自己充実することが自身の
幸福につながるのだということができるのではないでしょうか。



